『I AM ZLATAN ズラタン・イブラヒモビッチ自伝』を読んだ。
ズラタン・イブラヒモビッチはパリ・サンジェルマンFCに所属するプロサッカー選手。195cmのフィジカルを活かしたプレイだけでなく、足元の技術も高くスピードもある万能型のフォワードだ。
スウェーデンきっての悪童と知られ、監督や選手との衝突も少なくない。思ったことをハッキリと口に出し、しばしばメディアに話題を提供してきた。
この本はズラタンの生い立ちからプロデビューするまで、何度かの移籍の舞台裏やチーム内の人間関係などを赤裸々に書いた自伝だ。
悪童と呼ばれる男だけに、その赤裸々具合が半端ではない。
確執があったグアルディオラ監督へはロッカールームで「モウリーニョの前じゃビビッてお漏らしか! このタマ無し野郎が!」と罵り、「シャビ、イニエスタ、メッシ。あいつら、ロッカールームでも優等生気取りだ」と同僚までもバッサリと切り捨てる。
自転車を盗んで練習場へ通ったり、他人の家の敷地へ爆竹を投げ込んで遊んだり、明け方までテレビゲームをして2~3時間しか寝ずに練習へ行ったり、ポルシェで300km以上のスピードを出してパトカーを巻いたりなど、やりたい放題だ。
しかし不思議なことに、読み進めるにつれ、こんな破天荒な行動をとるズラタンにシンパシーが沸いてくる。
それは、単に無茶苦茶やっているのではなく、間違っていると思うことや理不尽なことに対してのみ、躊躇せずストレートな意見や感情を表現しているだけとわかるからだろう。大きな「子供」なのだ。
そして、もう一つは仕事に対する真摯な姿勢。
あたり前の話だが才能だけで、あれだけのビッグクラブを渡り歩いて結果を残せるはずがない。
この本で一番興味深く、かつ、パブリック・イメージとのギャップが大きく新鮮だったのは、この部分だ。
特に印象に残ったポイントを紹介する。
内省と向上心
「俺はズラタンだ。文句あるか?」といつも強気で押し通せるようなおめでたい人間じゃない。むしろ逆だ。自分のプレイシーンを頭で再生しては「あのときこうしていたら、どうなったのだろう?」「こうするほうが良かったのではないか?」と繰り返し自問する。
他人の動きを見ては「彼らから何を学べるだろう? 俺には何が足りないんだ?」と悩みぬく。自分のプレー上のミスを徹底的に考察する。改善を試みる。
まさに「俺はズラタンだ。文句あるか?」で押し通しているのかとおもいきや、自らのプレイを俯瞰し常に改善点を探る。また、他のプレイヤー優れた点を貪欲に吸収する柔軟性も持っている。
ビッグクラブへの移籍で「上がり」になるのではなく、新しい場所でさらなる成長を求める姿勢が素晴らしい。
組織を変革する
17年間スクデットから遠ざかっていたインテルへ移籍した際、チーム内に派閥があることに気づく。その派閥は、気があう人同士のものではなく国籍によるものだった。
ピッチ上では一緒にサッカーをしても、それ以外の時間はまったく別の世界で生きていた。そこを変えない限り、リーグ優勝はあり得ないと思ったよ。
(中略)
ピッチの外での結束がないと、それが試合に表れてしまう。モチベーションを上げるためには大事なことなんだ。
ズラタンはチームへ進言し、この状況を改善する。
さらに、当時のインテルでは勝利給が高額だったため、逆に最終的な目標(スクデット獲得=優勝)へのモチベーションが下がってしまっていると考えて、チームの会長へこう言った。
会長、少しボーナスを抑えるほうがいいと思いますよ。1試合勝っただけでボーナスをもらえるとそれだけで満足してしまいます。もちろん、スクデットを獲得したときのボーナスは大歓迎ですよ。
チームの結束と最終的なゴールに対するチーム全体モチベーションを高めたことが、結果的に2006–2007シーズンのスクデット獲得に繋がったのかもしれない。
ファンを大切にする
友達はサインをもらえたのに、自分だけもらえなかったらがっがりするだろう。俺だって若かったから、そういう子の気持ちはよくわかっていたんだ。俺は少年たちに喜んでもらいたかった。
こう言って、サインを求める全てのファンに対してサインする。二人目の子供が生まれて最初の試合で、インテルのウルトラスから「ようこそ、マキリミリアン」(子供の名前)という横断幕を掲出され、携帯で写真を撮り妻のヘレナと喜びあったエピソードが紹介されているが、丁寧なファンサービスをしているからこそファンから愛されるのだろう。
聞くが、聞かない
他人からのアドバイスは聞くが、納得が行くもの以外は受け入れず自分流を貫く。
これは、誰のどんなアドバイスを受け入れるかのバランスが難しく、下手をすると自らの成長が止まってしまう可能性がある。何を信じるか。
アヤックス在籍時、監督から「もっと下がって守備にも貢献しないといけない」と言われ、悩んだ挙句ファン・バステンに相談する。
「監督の言うことは聞かなくていいよ」彼は言った。
「守備でエネルギーを消耗しすぎないほうがいい」そうくわえた。
「エネルギーは攻撃のためにとっておけ。君は攻撃してゴールを決めてこそ、チームの役に立てる。前線に戻るために体力を使い果たすべきじゃないね」
この言葉で自分が信じる方法でやってみようと決心する。自分が信じる人の言葉だけを信じて自らの軸をブラさない。シンプルだが強力だ。だが危険でもある。
自分の信じる道をいく
「悪童」ズラタンのことだから、幼少期からさまざまな「大人」にスポイルされそうになった。しかし、自らの信じる道を進んだ結果、今の成功があるわけで、そのことに関してこう言っている。
世の中には何千もの道がある。中には曲がりくねった道や、通り抜けにくい道もあるだろう。しかし、そんな道が、最高の道であることもある。”普通”とは違う人間をつぶそうとする行為を俺は憎む。もし、俺が「変わった人間」じゃなかったら、今の俺はここにいないだろう。
「我が道を進め」と俺は言いたい。それがどんな道であってもだ。
アップル創始者スティーブ・ジョブスが、スタンフォード大学の卒業生たちに贈った、有名なスピーチに相通じるものがあるのではないだろうか。
今日が人生最後の日なら、今日することは自分がしたいことだろうか。
生きる時間は限られている。
だから他人の人生を生きて、おのれの時間をムダにしないことだ。
自分の心と直感に従う勇気を持つことだ。
あなたが本当にどうなりたいのか、自分の心が既に知っている。
他のことはすべて二の次だ。
サッカー界の個性あふれる人物たちのエピソードや、通常では知りえない移籍交渉の裏側など、サッカーに詳しくない人でも楽しめる一冊だが、欧州サッカーに興味がある人ならさらに数倍増しで楽しめるだろう。